柳川高校野球部グランドのスコアボードには「啐啄同時」という文字が刻まれています。
卵の中から雛が孵ろうとする時、雛が内側からつつくのを啐(そつ)、親鳥が外側からつつくことを啄(たく)といいます。
この啐と啄が絶妙なタイミングで一致し、雛が生まれる得難い好機の事を啐啄同時といいます。
柳川高校野球部といえば、福田精一監督(元柳川高校野球部監督)とは現在も仲良くさせて頂いております。
第55回全国高校野球選手権大会(昭和48年夏)、柳川商業時代に江川卓率いる作新学院と甲子園で延長15回の熱戦を繰り広げた福田監督の采配(バスター戦法やセンターをセカンドとショートの間に持ってくる5人内野等)には驚かされました。
日本中が手に汗を握る試合だったと思います。※同年は三重県四日市市でテニスのインターハイが行われていたので、テニス部の生徒達と甲子園に応援に駆けつけていました。
この試合は惜しくも負けてしまいましたが、この年5月の関東大会から142イニング無失点、完全試合2度、ノーヒットノーラン2度、栃木県予選5試合では被安打2、奪三振75の記録を引っ提げて登場したまさに怪物江川の無失点記録を147イニングで止めたの柳川商業でした。
あの日の甲子園球場の熱狂と興奮は忘れられません。
その時は、自分が野球部の部長として甲子園に来ることになるとは思ってもいませんでした。
しかし人生とは不思議なもので、時は経ち柳川高校テニス部の監督を辞めた後、福田監督に誘われ野球部の部長として甲子園に行き、憧れの甲子園のベンチに座る事になるのです。
スコアブックの書き方等を一から勉強するのは大変でしたが、福田監督の指導・考え方・采配等に間近に触れる事ができ、とても素晴らしい経験をさせて頂きました。
もちろんアサヒ緑健久山テニス俱楽部オープンの際も、オープンイベントに来て頂きましたし、心の拠り所とさせて頂いております。
以前、福田監督と話をさせて頂いている際に「教える事より教えない事の方が難しい」というような話になりました。
1~10まで全部教える事は簡単です、ただしその選手に必要な事を選手それぞれの性質・成長段階でタイミングを計り教えなければ何にもなりませんし、自分で考える事が出来ない選手は伸びる事はありません。
また、練習をみていてなぜ出来ないんだ、なぜやらないんだと歯がゆく思う事もありますが、全てを手取り足取り教えれば良いというわけでもありません。
選手自身が強くなりたいという気持ちを持ち、自分で考えて多くの試行錯誤をし、もがき苦しみながらも強くなっていく、その過程で選手自身が掴んだモノは間違いなく選手自身の血肉となり残ります。
簡単に教えてもらったものは、簡単にその選手をすり抜けていくでしょう。
指導者として選手の方向性・可能性を提示・指し示す事、導くことが必要だと思います。
これからも内側から必死に殻を破ろうとしている選手達には、良きタイミングで外側から殻を破る手助けが出来ればと思います。
基本を大切にし、練習のための練習にならないように、試合をイメージし、一つ一つの練習の意味を考えて練習していきましょう。
毎日一つずつでもいいので、自分で考えて目標をもって練習に取り組んでみて下さい。
福田監督は、現在も野球教室で指導をしています。私も福田監督を見習い、まだまだ頑張っていこうと思っております。