全国選抜高校テニス大会について①

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田島

先日、第43回全国選抜高校テニス大会の出場校が決定しました。

昨年はコロナウィルスの影響で開催する事ができなかったので、選手も関係者も苦しい思いをしたことであろうと思います。

今年はこのまま無事に開催されることを願うばかりです。

久山強化ジュニア出身の可愛い教え子である、折尾愛真高校の安東琴選手が出場するのでいまからその活躍が楽しみです。

今までの選抜大会は柳川高校だけを応援していましたが、新たな楽しみが出来ました。

安東琴選手のおかげで、折尾愛真の他の選手達とも出会えることも出来ましたし、今年は折尾愛真を全力で応援したいと思っています。

まさか自分が柳川高校以外のチームを応援する事になるとは、第一回選抜大会の時には思いもよらなかったです。

つくづく人生は人との出会いだなと思います。

第一回全国選抜高校庭球大会開催

思い返せば、第一回全国選抜高校庭球大会はどうしても勝たなくてはいけない大会でした。

第一回大会であり、地元福岡での開催であり、古賀先生の熱い情熱、周りの方々の協力があり、やっと開催された大会であったのですから。

選抜大会については田島幹夫と久山の歴史にも書きましたが、本当に多くの人達の協力を得て開催することが出来た大会です。

当時の久山カントリー㈱の行徳光男氏、小早川久山町町長、読売新聞社、㈱ダンロップテニス、粕屋旅館組合会長の吉村氏、テニス協会・高体連の関係者等数え上げたらきりがありません。

なにより古賀先生の「テニスにも甲子園大会のような場所をつくりたい」という想いを間近で感じておりましたので、負けるなんてことがあってはいけない、絶対に負けてはいけないという気持ちで大会に臨みました。

当時の柳川高校は高校総体12連覇と高校テニス界では無敵を誇っていました。

他校は打倒柳川を目標に掲げ、なかには中学からの6年計画で打倒柳川を計画していた学校もあった程でした。

柳川は順調に勝ち上がりましたが、1979年3月25日第一回全国選抜高校庭球大会男子団体決勝にて早実に敗れ、優勝する事は出来ず連勝も162で止まることになるのです。

あの日、敗れた瞬間の二本松一(当時、一年生で柳川のエース)の呆然と立ちつくした姿が今でも忘れられません。

二本松一は「負けたことがないから、どんな表情をしていいかわからない」そのような事を言っていたように記憶しています。

練習量には絶対の自信があったし、高校王者としてのプライドを持ち、地元の人達の期待を受け臨んだだけに、私自身も選手も負けた現実を受けいれるのに時間がかかりました。

しかし終わってしまった事を悔やんでる時間はありません、13連覇がかかった夏の高校総体はすぐそこまで迫ってきていたのです。

またいろいろと思い出したら続きを書いていこうと思います。

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